シェア先生の授業リポート
2010/05/11埼玉県 日高市立高麗中学校の巻
私にとっては、昨年に引き続いての出張授業となる高麗中学校である。記憶のある駅や周りの風景であるが、佐藤校長先生や生徒さんとは初対面ということもあり、やはり気の引き締まる思いで電車に乗った。ご担当の鴨下先生には以前からお世話になっており、我々教育チームの中では、そのお名前は良く知られている先生のお一人である。
今日お話しする生徒さんは、選択科目で社会を選んだ生徒さんであるが、経済や金融などの話を聞くのは初めてのことだということであり、生徒さんがどのように話を聞いてくれるのか、若干の不安があった。しかし、授業を開始したら、生徒さんの目が私に集中されて、話を良く聞いてくれているのが手に取るようにわかり、そんな不安は一瞬のうちに吹き飛んでしまった。それに引き換え、私の授業は、いつものことながら、あっちにいったりこっちにいったりと、当初予定していた授業内容とは異なるものになってしまった。特に後半に予定していた「株価の動き」については、考えていた内容とは大分違うものとなってしまい生徒さんには申し訳ない気持ちである。先輩からはいつも言われていることだが、今日もまた反省の日を迎えることになってしまった。
昨年も感じたことであるが、ともすれば大人の方ができていない「しっかりあいさつ」することが、生徒の皆さんは、何の違和感もなく普通にできていたことは、常日頃の校長先生をはじめ先生方のご指導の結果であると、素直に胸に落ちた。
佐藤校長先生には、お忙しいにもかかわらず授業の前後にお時間を頂戴して、いろいろお話を伺うことができた。また、校長先生に授業を聞いていただいたときには、大いに緊張もした。そうした中で、校長先生から「豊かな社会で、豊かに生きるために何が必要かという未来へのカリキュラムが大切であり、そういう心を耕す教育を目指していきたい」というお考えをお聞きして、先輩から引き継いでいる「経済の勉強と心の勉強の両立」ということが、あながち間違えではないのではないか、との思いを改めてした次第である。
地元の方のお話では、高麗川駅の周辺も以前は商店街があり今よりは活気があったようで、駅周辺が、再開発によりロータリーなどができ整備されたものの、綺麗になり過ぎてかえって寂れてしまったとの話を聞くと、何と返事をしたら良いものかと困ってしまった。
「とかくこの世はままならぬ」ということなのか。
<シェア先生(よし)>






